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横浜地方裁判所 昭和35年(ワ)473号 判決

事実

原告吉田喜作は請求原因として、原告は横浜地方裁判所昭和三一年(ヌ)第一二〇号不動産強制競売事件(執行債権者石仲物産株式会社、同債務者岩崎昭一郎)で昭和三十三年十一月二十六日本件家屋を競落し、同年十二月十一日その競落代価の支払をし、よつて右家屋の所有権を取得し、次いで昭和三十四年一月十六日その旨の登記がなされた。ところが、被告は昭和三十四年三月以降、右家屋を何らの権限なくして不法に占拠し、原告の所有権を侵害して今日に至つている。前記競売事件における横浜地方裁判所執行吏の執行裁判所に対する右家屋の賃貸借取調報告書によれば、訴外秋岡貫平が同家屋を昭和三十一年十月十日付賃貸借契約により賃料一カ月金六千円で賃借している外には賃借人はないこととなつている。よつて原告は被告に対して、所有権に基いて右家屋の明渡を求めるとともに、原告が同家屋の所有権を取得した昭和三十三年十二月十一日(競落代価支払の日)の後である昭和三十四年三月一日以降右明渡済まで右の賃料に相当する一カ月金六千円の損害金の支払を求める、と主張した。

被告広津勝は答弁として、そもそも原告主張の家屋の所在番地には原告主張の家屋は存在せず、ただ家屋番号九八二番木造亜鉛葺平家居宅建坪九坪(所有者岩崎昭一郎)が存在するのみであつて、原告主張の家屋は、訴外石仲物産株式会社代表取締役石川良助と訴外岩沢勇治とが共謀して公正証書原本不実記載をし、区役所及び法務局を欺して所有者に代位して二重登記をした結果生じた架空の家屋なのであるから、原告主張の家屋は単に登記簿上存在するに止まり、執行裁判所は登記簿に基いて競売手続を開始進行するのであるから、原告がかかる架空の実在しない家屋を競落しても同番地に実在する右家屋の所有権を取得するはずはない、被告は昭和三十一年十月一日以降訴外岩崎昭一郎から右実在する家屋を賃料一カ月四千円毎月末日限りその月分支払の約で期間の定めなく賃借居住しているのであるから、原告の請求は失当であると抗争した。

理由

被告は、「本件強制執行の目的物たる家屋は二重登記により登記簿上にのみ存在する架空のもので、その所在地番には被告が所有者訴外岩崎昭一郎から昭和三十一年十月一日以降賃借居住している家屋番号九八二番木造亜鉛葺平家居宅建坪九坪が実在するのみである。」と主張するけれども、かかる事実を認めるに足る証拠はなく、却つて、証拠を綜合すれば、被告の右主張とは反対に、「右地番には原告主張の家屋は実在するが被告主張の家屋は実在しない。」ことが認められるから、本件強制執行の手続は、「この実在する特定の家屋について進められ、原告が競落並びに代価の支払によりその所有権を取得したものである」ことが明らかである。

もつとも、証拠と以上認定の事実を綜合すれば、本件家屋については被告主張のような表示の家屋の二重登記があるものと思われるが、建物の既登記なると未登記なると、又、二重登記のため前の登記が有効で後の登記が無効であるとは、すでに強制競売の目的物が客観的に定まつている以上、その存在を二三にする力のないことは勿論であつて、ためにその強制執行を無効とする理由はなく、この点は、抵当権の実行による任意競売において二重登記のため抵当権設定登記の効力に消長を来し、ひいては、競売手続の効力を左右するに至るべきことある場合とその法理を異にするものといわなければならない。そして、このことは、強制競売にあつては、債務者の目的不動産が具体的に特定されれば足りるのであつて、その登記が申立当時あるかないかは問わないことによつても明らかである。

以上認定の事実と本件弁論の全趣旨に徴すれば、「被告は、原告が競落によつてその所有権を取得した本件家屋に居住してこれを占有している」ことがわかるのであるが、その居住占有の関係が、仮りに被告主張のように昭和三十一年十月一日以降であつて、所有者訴外岩崎昭一郎との間の賃貸借契約に基くものであつたとしても、証拠によれば、「前記強制競売開始決定は、同年九月十九日になされ、これに基く同強制競売の申立の登記は同月二十日になされている」ことが明らかであるから、右競売が効力を生じた後の賃貸借である被告の賃借は競落人たる原告に対抗し得ないものといわなければならない。いわんや、証拠に徴すれば、「執行裁判所に対する昭和三十二年二月十九日附執行吏の賃貸借取調報告書中でその取調の結果として右家屋はその全部を訴外秋岡貫平が昭和三十一年十月十日訴外岩崎昭一郎との間に成立した賃貸借契約に基いて賃料一カ月金六千円毎月末日その翌月分支払の約で賃借していることとなつており、被告の賃借権があつたことについて何ら触れていないのであるから、当時被告は賃借人たる地位を有しなかつた」ことが認められる以上、被告のこの点についての主張は全く理由がない。すなわち、被告は、原告が本件家屋の競落代金の支払によりその所有権を取得した日以後何ら原告に対抗し得る正当の権限なくして本件家屋を占有してその所有権を侵害し、原告に対してその賃料相当の損害を与えたものというべきであり、その賃料は右認定にあらわれた一カ月金六千円と解せられるから、右所有権に基いて本件家屋の明渡を求め、且つ右競落代価の払込後の競落を原因とする所有権取得登記の日の後であつて、被告の不法占有開始後である昭和三十四年三月一日以降右明渡まで一カ月金六千円の割合による損害金の支払を求める原告の請求は全部正当である。

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